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2011年4月21日 (木)

生まれたての小鹿のようなかげろう王子

生まれたての小鹿のようなかげろう王子
先日、我が家は自転車を買いました。久しぶりの自転車に軽くテンションの上がった私達は、お昼は自転車で寿司を食べに行こうと言うことになりました。目指す寿司屋とは、そうです、職人の心意気と良心がギッシリ詰まった、ウニ名誉会長やイクラ名監督たちを軍艦からの見事にダイブさせる、あのお寿司屋さんです。
家からそのお寿司屋さんまでは約12キロ。御自慢のアンドロイドで調べたところ、徒歩だと約三時間ほど。

…イケるっ!!

自転車とは未だかつてない自信を私に与えてくれます。

今こそ、高校時代「疾風の由美子」といわしめた私の漕ぎっぷりを見せるとき!!

いざ、出発っ!!

この日は最高のサイクリング日和。

始め渋っていた旦那もとても気持ち良さそうに風を切っていました。
途中までは…。

大体三分の二位まで来た頃でしょうか…、目の前を走る旦那が、坂でもないのに急に警戒するミーアキャットのようにスクッと立ったかと思うとそのまま立ち漕ぎを始めました。

どうしたんだろう…。何か急にテンション上がることでもあったのだろうか…。
「どうしたの〜?」と聞く私に彼はまっすぐ前を向いたままこう答えました。

「うん…ちょっとお尻が…。」


……。
!!


私は気づきました。私にとってはジャストサイズでなんの問題もなかったが、思えばこの自転車、折りたたみ式の正直五キロが関の山ってところの小さな自転車です。

その小さな自転車の小さなサドルが旦那のお尻に最終的に思わず立ち漕ぎまでさせる程のプレッシャーを与えていたのです。

彼のお尻事情は計り知れないものがあったと思います。しかし彼は必死にそのプレッシャーに耐え、無事に目的地に着きました。

お寿司屋さんでは私達をいたわるかのようにウニ名誉会長達が出迎えてくださいました。

旦那の顔にも生気が戻り、お尻もプレッシャーから解放され、先ほどまでの蒼白さが嘘のようです。

お腹一杯に名誉会長達を取り込み、すっかり元気になった私達は、このまま楽しい気分で帰るために(主に彼の)お尻へのプレッシャーを軽減してくれるアイテムを探しに近くのスーパーにいきました。中に入っていたロフトでいい感じのクッションを見つけたのですが、イマイチピンとこない私達は、やはり餅屋は餅屋だろうと、自転車専門店に場所を移すことにしました。

そこで出会ったのが「ジェル入りサドルカバー。」

ジェル→低反発→NASA→宇宙→無重力→自由→ノープレッシャー→お尻痛くない。

私達はすっかり「ジェル入り」という可能性の虜です。カバーということになんの疑問も持てないほど、もうこれ以上の救世主はないのだと一気に盛り上がりました。

早速購入し、サドルに取り付け、新しく生まれ変わった自転車に跨ってみると先程よりも大分お尻へのプレッシャーを感じないように思えました。もう私達は無敵っ!!そう思うほどです。

イケるっ…!!

そう呟いた彼は未だかつて見たことのないほどの自信に満ち溢れていました。

そして再び気持ち良さそうに風を切り、走り始めました。
途中までは…。

大体三分の一位来た位でしょうか…。目の前を走る彼が、再びスクッと警戒するミーアキャットのように立ったかと思うとそのまま立ち漕ぎを始めたのです。

まさかっ…!!

「まさか、またお尻がっ!?」

私の必死の問いには答えず、彼はまっすぐ前を向いたままスーと立ち漕ぎを続けていました。

あれほど無敵に思え、彼に揺るぎない自信を与えたサドルカバーはあっという間にクッション性を失い、再び彼のお尻に多大なるプレッシャーをかけ始めていたのです。

私は後悔していました。何故あの時、サドルカバーのカバーの意味をよく考えなかったのか、と…。所詮サドルカバーはサドルをカバーするだけの機能しか備わっていないことに何故気付かなかったのか、と…。やはり、ロフトでクッション買っとくべきだったのだ、と…。

私は悔やみながらも、気になるのは彼のお尻事情です。
彼が、勇気を出してサドルに座ろうものなら、いてもたってもいられず、
「バカやろうっ−!!無理はするなぁ…!!」と叫び出すほどです。

それでもなんとかペダルを漕ぎ続けていた彼でしたが、とうとう限界が来たようです…。

彼は生まれたての小鹿のように足を震わせながらゆっくりと自転車から降りました。

「大丈夫!?」と私が駆け寄ると彼は体を小さく震わせながらゆっくり振り向き、真っ青になった顔にかげろうのような笑みを浮かべ、


「だ、だいじょうぶ…だョ…。」


と蚊の鳴くような声で親指をピッと立てました。


大丈夫な訳がねぇ…!!


私は心の底からそう思いました。


そして「僕のことはいいから、ゆみちゃん…先に行ってー」と本日二度目のかげろうスマイルを浮かべる彼に、


ーこんな生まれたての小鹿のようなかげろう王子を置いていけるわけないだろう…!!ー


とまたもや心の底から思いました。

結局、残りの家までの距離を、自転車を引きながら、彼のお尻事情に配慮しつつ三時間かけて帰りました。

後日この一連を妹に話したら、「お姉ちゃん達って時々本当にバカだよねぇ。」と心底本当にバカだよねぇ、といった顔で言われました。

本当にその通りです。

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