私は昔、ああ言えばこうもそうもどうとでもいう子憎たらしい子供だった。
母が「脱いだものはちゃんとかたしなさい!!」と怒鳴ると、私は目ざとく洗面所に落ちていたストッキングを見つけ、「こんなものが落ちてましたが?これはお母さんのでは?」と得意気に返すのである。母はもちろん当時かけていたパーマが二、三倍膨らまんばかりに更に激怒し、「あんたはなんで素直にハイと言えないんだろうねぇ!!」と愛の拳骨という暴挙に打って出る。私は「なんで母はこう切れやすいんだ。」と若干ヤレヤレといった上から目線で全く反省しなかったのである。
しかし、私には私なりに理由はあった。母はいつもタイミングが悪いのだ。
例えば、私が「姫ちゃんのリボン(私が小、中学校の時、女子の恋のバイブル「りぼん」に連載されていた大人気コミック)を読んでいる時。もうちょっとで一区切りって時に決まって、「ご飯だよ〜」と声をかけてくるのである。しかし、今ここで止めたら、正直夕飯どころではない。姫ちゃんの正体がもしかしたら大地(姫ちゃんが好きっぽい男子)にバレたかも知れないのだ。せめてそのくだりがどうなるのかがはっきりしないことにはとても夕飯なんて気分にはなれない。
母の二度目の忠告を無視し、漫画を読みふけっていると、「ゆみこぉ!!何やってんのー!!ご飯冷めちゃうでしょうがぁ!!」と空港張りの騒音で母の怒鳴り声が聞こえてくる。さすがの私もこりゃまずいとパッと最後のページだけ読んで急いで下に降りた。
下では案の定、母が鬼のような顔で仁王立ちして私を待っていた。
「何度も呼んでるのにあんたって子は!!漫画ばっかり読んでっ(怒)温かいうちに食べなきゃ意味ないでしょうが!!」
いや…意味ないなんてことはないのでは…?
と思ったが、言ったらぶっ飛ばされそうなので、黙っていた。
全く母はわかっていない。
当時私は小5だったと思うが、この頃既に将来は声優と心に固く決めていた。そんな私にとって、漫画は只の娯楽ではないのだ。登場人物の気持ちをより深く読み込み、その人物の目線になって、時には声に出して読む…、言わば将来のための貴重なテキストと言えるのだ。だから、「漫画ばっかり読んで、この子はぁ!!」と怒るのではなく、「あぁ、この子は今、将来に必要な知識の水を飲んでいるのね。」と、こう理解して頂きたいのである。私は「もっと娘の声に耳を向けて欲しい。」とも付け加えてその旨を訴えたが、母は「あんたはどうしてこう、ああ言えばこう言う減らず口なんだろうねぇ(怒)こんな時にばっかり頭働かせてないで、勉強もっと頑張って欲しいよ(怒)」とすっかりへそまで曲げてしまう始末だ。母はこうなったらもう何を言っても聞く耳を持たない。大人しくテーブルにつく他ない。
母はとても料理の美味い人だったので、この日の夕飯もとても美味しかった。温かいうちに食べたならもっと美味しかったに違いないのに、なんせ愚の骨頂な私の頭の中はその時、「姫ちゃんのリボン」でいっぱいだ。チラッとみた最後のページからその内容を想像するしかないのだが、確か姫ちゃんが走り去る後ろ姿だったかなんだか、詳しくはよく覚えていないのだが、とにかくそれだけでは全く推し量ることが難しかった。姫ちゃんは正体、バレちゃったよ〜!!と走り去ったものなのか、バレずに、マジびびったぁ!!よかったよ〜!!と走り去ったものなのか…。
そんな上の空なものだからまた母に「ご飯時位、ぼうっとしてるんじゃないよ!!」とまた怒られてしまった。まるで私が四六時中ぼうっとしてるみたいじゃないか!!と思ったが、実際そうなので、反論は出来なかった。
姫ちゃんの正体が大地にバレたかどうかは、皆さんぜひ今一度童心に戻って「姫ちゃんのリボン」を読んで、真相を確かめて頂きたい。
こうして幾度となく漫画を巡って母とは対立したが、中学三年になって、あまりにも勉強をしなかったツケが中学浪人かも知れないという形で私に襲いかかり、それから高校受験まで今でも夢に見るほどの地獄の勉強漬けな日々を味わった。
漫画もいいけど、ほどほどに。
母の言うことはやっぱり正しかったと身に沁みて痛感したのである。